昭和24年東京生まれ 中央大学法学部 法律学科卒業 「さつき会」代表

専門・・四柱推命、算命学、紫微斗数推命、気学、奇門遁甲方位術、人相、手相、タロット

東海林秀樹氏より四柱推命、算命学、紫微斗数推命を学ぶ
ジョージ・土門氏よりタロットを学ぶ
武隈天命氏より周易を学ぶ


鈴木紫苑の鑑定だより第六回(会報誌さつき6号より)

 女性諸君、女性の皆さん、結婚、結婚、結婚と目の色をかえなくても、男なんてそこら中にあふれていますよ。年齢も上から下まで、ひとり者の男がいっぱいいますよ。だけど、いざ、本気で紹介となると、女性側の条件が厳しくて、「長男はだめ、親と同居はだめ、(ただし金持ちで別棟はO・K)強い親はだめ、太めはだめ、小さいのだめ、無口だめ、学歴ないのだめ、酒、たばこだめ、仕事が忙しすぎるのだめ、等、等、等」あれれ、私のひとり息子もたったひとりのオイも条件に該当しないなんて、何て運が悪いの。こうなったら、強いかあちゃん、たくましいおばちゃんとして、息子とオイをこの私がりっぱに守り通してみせます。なんちゃっていうのに、この男二人は私に見向きもしないで、一年間に数時間しか姿を見せないではないの。顔も忘れてしもた。
 
 非常に多くの鑑定を通して、いつも考えさせられるのが「女って何なのだろう。女はどう生きたらいいのだろう」ということです。同性として話を聞きながら、とても不思議さを感じてしまうケースが多いのです。
 
 七十代後半の女性
 若い頃から夫に愛人がいて、二十年前に夫は愛人宅で急死してしまいました。夫に対しては腹がたったけれどそれほどショックは受けなかったそうです。それよりも、十五才年下の男と十五年位つき合っていて、その男が別の女の元へ、十年位前に走っていった方がどれだけショックが大きかったことか。その後、現在に至るまで、子供と犬とネコと暮らしているけれど、男に目が向いていた期間、友達とはうっとうしくつき合わなかったら、全員と切れてしまい、今、ひとりも友人がいません。近所づき合いも気があいそうもないのでしていません。何をやっても楽しくないし、毎日、家の中で、編み物やレース編みをしています。こんな人いやだ、どうにかしたい。と鑑定に来られても、私自身、言葉につまってしまい、何も言えなくなりました。

 六十代前半の女性
 十五年前から十歳下の男(自営)といい関係になりました。四、五年前に男が若い女と突然、結婚、自分は一体、何だったのか、とつめ寄ったら、子供が欲しい、と言われて引き下がるしかなかったけれど、そのままずるずると男とは続いています。だけど、最近、男と近い年齢の女ができたのは許せない。何としても決着をつけるために二人を呼びつけたい、と大騒ぎして来られました。私、「だから男が結婚した時点で手を切れと言ったのに、まだ続いているなんてツケがまわっただけでしょ。二人を呼んでどなりつけたり説得するなりすれば、男はますます離れていきます。」家族は十才近い年上の夫と二人暮らし(子供達は独立)。今までの刺激的な生活を捨てたら、退屈な老後しかない、絶望的な・・・・。でも夫と年下の男の二人を縛りつけて翻弄しているとは思ってもいません。過激な人なので放っておくしかありません。

 五十代前半の女性
 長年の夫の女性関係の激しさに、最初、心労ですっかり老け込んで来られました。その後、十才年下の男のとりこになるとみるみる若返り始め、心はうきうき、明るくなると不思議、夫も振り向き始めました。自分にもしっかり自信が持てるようになると、今度は夫を手玉に取りながら、何年か狙っていた十才年下の男を自分のものにしてしまいました。やがて年下の男に逃げられると、夫ともうまくいかなくなり、心にぽっかり穴があき、生きがいまで無くして暗くなり、また元通りに老け込んでしまいました。
 それでも。いつかは、また、とその男との再会を夢見ています。私からの忠告「最初に警告しておいて失敗したのに、また深追いすると、今度は自分の人生と家族に取り返しのつかないことがおこる可能性があります。」でも人の話を聞かないで暴走する人なので、今後、どうなるかわかりません。

 四十代後半の女性
 今から四年前に七才年下の男とつき合い始めて、昨年からその男(会社経営)の会社に勤務し始めました。ところが最近、自分の家族の目を気にし出して、外で一切会ってくれなくなりました。自分は夫と姑と子供達と暮らしているけれど、その男にこの四年間尽くしてきたので男のことしか頭にないのです。どうかして自分のところへ目を向けさせて、何としても男に家族と縁を切らせたい・・・・。私「そんなあ!自分の家族はしっかり守っているのに、相手の家庭をめちゃめちゃにするなんて、バチ当り。一日も早く会社を辞めて男の前から姿を消した方が男にいい女だった、といい思い出となるけれど、しがみついていると、悪い女に引っかかったと思われますよ。」ハイ、ハイと返事はしたものの、まだ会社を辞めないで相変わらず毎日男の姿を目で追いながら、悶々と暮らしているようです。

 確かに女性は強くたくましく、自己主張も堂にいったものとなっています。それならひとりでも生きられそうに思えるのに、昔も今も夫を含めて男を求める気持ちは変わらないのが不思議です。さらに最近の世の中は、「好きになったらまっしぐら。好きなんだから全て許される。」といった恋愛至上主義のような風潮も強まってきて、男女間の交流の自由なことこの上なく見えます。

 しかしそこには大問題がひそんでいることに気がついているでしょうか。夫ないし別な男との固いきずなと砦を求めるあまり、友人、知人の多くを必要としないで、二人だけの世界に浸ってしまう・・・。そして生きがいと呼べるものはただ「男」のみ。そのまま年月が過ぎていく・・・。つまり男を求めれば求めるほど孤立していくのです。
 しかしながら、長い人生の間、永遠に続かないのは人の縁、いつか終わりのあるもの。その後からが恐ろしい孤独感とむなしさが始まるのです。
 人は何のために、何を求めて生きたらいいのでしょう。特に女性は。年配の女性の方達の鑑定で、過去を振り返って大きなため息と共に、後悔の多い生き方を知るたび、私自身、いつも答えのないまま考えさせられるのです。

 我が家のネコ達、みどりは相変わらず家の中から出ないし、にいたはひまさえあれば、スズメとネズミとトカゲを狙っています。にいたは九死に一生を得た、というのに調子がよくなるとさっそく外で暮らしています。毎日、毎日、明けても暮れても、みどりは家の中、にいたは外、と元気、元気、何の疑問も抱かずにこのままもっと年取るまでいくこと間違いなし、と確信しています。ノーテンキでいいね。


鈴木紫苑の鑑定だより第五回(会報誌さつき5号より)

『遊びと仕事、どうなのでしょう』

 イヤミ連発、ストレートをかまし、決してお世辞なんか言わない、強気な占師といったら、何を隠そう、吉川先生とこの私。でもいいの。可愛くない犬の写真に「ぶさいくね」りこうでもないネコに「おバカでしょ」エラそうな男には「これで知性があったら最高!」男好きのネエちゃんに吉川先生、「痴性最高!」美を誇っている人に「誰も見る人なんかいないのにむなしい」
 たまに苦情というよりもイヤミを返されます。でもいいの、いいの。本当のことだから。みんな心の中で思っていることを口に出してしまっただけでしょ。
 御歳八十才、超豪邸に住み、いつも一億円くらいのおこづかいでマネーゲームで遊んでいるオジちゃんがいます。その超豪邸たるや、家の中で自転車を乗れたり、家の中を歩きまわるだけで運動できるくらい広いのです。その家の奥さんとたった二人で住んでいます。その家を見て以来、私は家というものに一切興味がなくなりました。「起きて半畳、寝て一畳」これで十分、私の部屋の状態の言い訳でもあるのですが。
 八十才のオジちゃん、かつてはやり手で、頭と体を使って資産を残しすぎたものの、だいぶ前から隠居生活に入り、毎日、やることがなくて、頭の中でさらにお金を追う夢を見続けるだけです。
口の悪い私のイヤミ、「お墓へ財産を持って行けないので、少しはどこかへ寄付したほうが世のため。何なら私に一億円を。」と言い続けても、フンフン。結局、大邸宅にひっそりと住みながら、毎日を虚しく寂しく生きています。多分、これからも……。
 先祖伝来の超広い敷地に住み、会社をやっている六十代のオジチャン。その敷地の広いことといったら、どこからどこまでも整備されている庭を回るのに、車を使わないと回りきれない、というど肝を抜く広さです。
 そのオジチャン、生まれながらの「おぼっちゃまくん」。人生の大半を、遊びの間に仕事をちょいとすることで過ごしてきました。ところが人生とは妙なるもの、遊んでいる間に会社が傾いてきました。あわてて遊びをやめて、一年間、休みなしで働いたら、何とか立て直すことができました。
 そこからまたまた不思議なことが起こったのです。「仕事、仕事と仕事一筋の人生なんか死にそうだ、金もうけの人生なんかもういやだ、のんびりと遊び暮らしたい。」と言って、本当に仕事より遊びを取ってしまったのです。
 口の悪い私のイヤミ、「仕事に生きがいを見出せない男は魅力ない、経営者失格。」毎日、遊び暮らしていることがそんなに楽しいのですかねえ。経験ないのでわからないけれど。
 その会社の行方、もちろん落ち目です。
 妻に働かせて会社を大きく伸ばし、例によって超豪邸に住んでいる六十代の社長。札たばを持って若いころからずっと遊びまわってきました。大病しているのにまだ遊び足りなくて、遊び続けています。口の悪い私のイヤミ、「遊ぶしか能がないなんて、バカ丸出し。」誰も幸せだと思う人なんかいないでしょう。
 ただ今、週休二日を取っている、地方都市で店舗を展開中の四十代の経営者のオッチャン。ゴルフとテニスのため、さらにもう一日休みが欲しくて、ときどき週休三日になります。あっちこっちに店舗が広がっているというのに、見に行くのが億劫と言って、数か月に一度くらいしか自分の店に行かないのです。当然、従業員はだれてきて、しまりのない店になりつつあります。
 そこで私、イヤミの警告を発しました。「従業員はしっかり休んで当然だけれど、経営者たるもの、休もうとした時から崩れかけます。一年三百六十五日無休です。週休一日だって多いのに、週休二日なんて、もってのほか。週休三日になれば終わり。そのうちつぶれてしまいます。」
 若い頃からモクモクと働き、六十代の今なお、一年中休みなく働き続けている、中規模の会社の社長のおじさま。お金があってもそこそこの家に住んでおります。まだまだ会社は大きくなりつつあります。
 何が生きがいか、と聞くと、仕事以外にやったことがないので仕事、と答えます。遊ぶわけでもなく、頭の中はいつも仕事のことだけ。どこから見ても地味でやわらかく、誰も社長とは気づきません。でも会社の内外の人達に信用があって、特に従業員の信頼の厚いことといったらないのです。ほんと、こういう人、大好き。吉川先生と私、こういう人にいっぱいエールを送っています。
トルストイの民話「イワンのばか」の国では、食事は働く人から優先的によい食べ物を口にすることができます。遊んでいて働かない悪魔は最後の最後、しかも残り物の食事しか与えられません。
 我が家のネコ達は衣食住に困らずに生きています。「衣」はすてきな首輪をつけているし、「食」はバイキング状態(その挙句、成人病です)、「住」は冷暖房付きで居心地のいい所で寝れます。おまけに二十四時間、全部自由なので、外出も自由に遊んで暮らしています。これでもまだ不満なのか、すずめを取るために半日もねらっていたり、取ってきて食べたり、トカゲやヤモリを追いかけて家の中に持ち込んで遊んでいます。万が一、ヘビを捕まえてきたら、一歩も外へだしてやらないつもりです。


鈴木紫苑の鑑定だより第四回(会報誌さつき4号より)

『暇・ひま・ヒマ』

私はごく普通の占師です。
 「自分はいつ死にますか」神のみぞ知る。「いつ結婚できますか」相手が見つかったらね。「何の霊がついていますか」あいにく霊感がないのでゴメンね。「金運はありますか」働けばいいでしょ。「何の悩みか当て
てください」私より他の占師の方が合っているでしょ。等々のヒマつぶし鑑定もまれにやりますが。
 近ごろ、日に日に暗くて重い心を引きずっていたり、心を病む人が来られることが多くなりました。病院通いで薬を飲み続けている人も急激に増えています。ついこの間まで元気はつらつの人が、突然暗い顔になっ
て、動作ももったりといった姿になっているのにも驚かなくなってしまいました。その上、例外なく真っ黒な服装で来られるのです。
「誰も自分をわかってくれない・・・・・・」
「こんなに悩みがいっぱいなのに、ひとりで抱えて苦しくて、どうしていいかわからない・・・・・・」「生きがいがない、やりたいことがない、つまらない・・・・・・」「友達がいない、友達は欲しくない、ひとりが好きだけれど寂しい、彼氏だけでいい、家族だけでいい・・・・・・」
 くり返しくり返し、放っておくと何百回も、自分のこと、自分のこと、自分のこと、自分・・・・・・どうして誰もわかってくれないの・・・・・・寂しい、寂しい、寂しい、・・・・・・
 占師を訪れる理由は「悩みがある」、そのひとことに尽きます。占師の役割は「悩みの解決」以外の何ものでもありません。だからといって、解決できない悩みを、占師は抱え込むことはできません。病気なら病院、
供養はお寺、というぐあいです。
 占師を必要としない人もいます。必要としない時もあります。それは、忙しくてヒマがない場合です。忙しくてヒマがないと、悩んでいるヒマもない、ということなのです。逆に言うと、いっぱい悩んでいる人、
考えている人、つらくて苦しい人は、ヒマで時間がいっぱいある証拠です。
 人生は、生まれた時から死ぬまでの間のヒマつぶし、ということを聞いたことがないでしょうか。人間は、たったひとりでヒマつぶししなければならない、孤独な旅人なのです。寂しいのは当たりまえです。むなしいのも、つらいのも、苦しいのも、せつないのも当たりまえです。画家の岡本太郎は死ぬまで「死ぬほど孤独で孤独にもがいていた」そうです。自分を本当にわかってくれる人なんて、どこにもいないのです。わかってくれる人を探すことは幻想かもしれません。だからこそ、一生をかけて捜すだけの価値があるのかもしれません。
 ヒマつぶし上手は忙しい人なのです。実は寂しくてどうしようもないから、人を求めたり、動き回っているのですよ。
 でもヒマっていいですね。時間が余っているなんて、とっても素晴らしいではないですか。やりたいことを何でもやれるでしょう。出歩けるでしょう。旅だってできるでしょう。テレビだって観られるでしょう。
寝たり、お茶を飲んだりできるでしょう。ゆっくりしようと思えばできるし、家事だってしっかりできるでしょう。趣味だってできるでしょう。本だっていっぱい読めるでしょう。
何よりも、ヒマだと、しっかり考えることも、悩むこともできるでしょう。寂しさだって、ヒマだから味わえるのであって、時間がないくらい忙しいと、寂しさも味わえなくて「寂しい」のですから。
  人生、どう生きてもヒマつぶしなので、私みたいな超欲張り人間は、何にでも首をつっこんでしまいます。占師やって、テキトー主婦やって、バイオリン弾いて、畑やって、相撲や野球見に行って、歌謡ショーで騒いで、クラシックのコンサートを上品に聞き、絵を見に行って、本を読んで、学校だって行っているんだから。もう、時間が足りなくて、ヒマな人がうらやましくて仕方がありません。時間の過ぎるのが速過ぎて、どんどん老化が進んで、ヨレヨレオババになってしまいました。誰か私にヒマな時間を寄付してください。

 我が家のネコ達はヒマつぶしが大得意です。寝ている合間にちょいとその辺をふらついているみたいですが、何をしているのやら。放ったらかしでも、退屈だ、と文句を言いません。たまに長時間留守番すると、「寂しかった、寂しかった」と大鳴きする程度です。


鈴木紫苑の鑑定だより第三回(会報誌さつき3号より)

『どっちが宇宙人?』

 電車の中で時たま見かける、宇宙人のような人と交流するにはどうすればいいでしょうか。どこかを一心に見つめて叫んでいる人、体を震わせて何か呟いている人、いきなり大声で笑い始める人、怒り始めたら止まらない人、お化粧べたべた厚塗り続行中の人、ボーっとしているかと思うと突発的に物を振り回し始める人等々。そんな人達と心を通わせることは絶望的、と思っても、どうにかならないものか、一体どうなっているのか、といつも見とれています。
  さすがに鑑定にはそこまでの「宇宙人」ぽい人は来ませんが、話が通じていそうもない人はたまにいます。
 「心のむなしさ」が分からない人、これが結構多くて、どんなに説明しようが、感覚的につかんでもらえません。「幸せ感」も人によって違います。お金と物があればそれだけで幸せ、という人も多くいます。そんな人に細やかな愛情表現をいくら説明しても、分かってもらえません。
 「彼氏が別の女の元へ行った、許せない、こんなに尽くしているのに」という人の尽くしている内容が、豪華な手料理、家尊完壁、しかも美しい、それこそ至れり尽くせり。でも相手がそれよりも「心」を求めている人だったら、他の女に癒しを求めて行っても仕方がないでしょう。「心のあり方」が彼氏とは違うのです、と何十回説明しても絶対に分かってもらえない。私にとっては宇宙人です。
 「九十何歳のお姑さんに辛くあたられる」何をほざくの、この先どのくらい生きると思っているの、永久には続かないというのに、永久に続きます、だなんて冗談がきつい。これもまた私にとっては宇宙人です。
 励ますつもりで 「病も気からなので、じきに治るでしょう」 というと 「私は重い病気です」 といって、病気が大好きで治す意志ゼロだなんて、これも私にとって宇宙人。
 今までの最高の宇宙人は、「店を流行らせたい」と言うので、流行るようにしたら 「人が来すぎて疲れる」 と言って怒った店主がいました。バチが当たるよ。
 茨城のあけみさんは、いつも宇宙人の女の子達に囲まれて泣かされています。それでもめげずに何年もかけて、毎日お説教したり、なだめすかして何とか分からせようと頑張っています。えらい。
 でも私には無理、絶対無理。宇宙人みたいな不思議な人達を見るのは大好きだけど、待てないし、面倒くさいし、第一分かり合いたいと願う情熱ないもん!
 それよりも何よりも私が願って、願って欲しいものは「魔法のような何でも叶う力」です。悩んでいる人が来たらハイケロリ、病気の人が来てもすぐ治り、仕事で悩んでいてもOK、お金に困っている人にはハイ金運、会社が危なくて青ざめていても大丈夫、暗い人はすぐ明るくなり、泣いていたってすぐ笑える、等々「私の所へみんな来て来て」と叫んで呼んでもビクともしない超能力が欲しいのです。そうしたら、宇宙人みたいな人と心が通じ合うことだってできますね。どうか、私に大きな、強い力をください。私、欲張りなので地球を動かせるような力が欲しいのです。
 それが不可能なら、せめて占師、言葉だけでもいいので、力のある言葉をください。


鈴木紫苑の鑑定だより第二回(会報誌さつき2号より)

『動けば実る』

 我が家では以前、飼っていたアヒルは本当によく鳴いていました。うっかり目が合うとガーガー、電話が鳴ってもガーガー、喜んでも怒ってもその度ガガ、ガーガーとにぎやかなこと。でもアヒルの体はというと、足は動かないで首から上だけで動いているだけなのです。アヒルの行動範囲の狭さは、多分、一日数十歩ほどでした。その分、口の動くこと、動くこと。
  なぜアヒルのことを引き合いに出したかといいますと、多くの人を鑑定してきて、最近、アヒルとダブって仕方のないケースが目立つのです。つまり、口はとても達者なのに動く気配のない人達が増えてきているのです。
  どんな人達かといいますと、とうとうとお話になって流暢すぎて、私が口を挟む隙もない位なのです。聞きながら、「立派なことを仰って大したものだなあ」と妙に感動を覚えます。そこまで理路整然と言うのなら、占師はいらないでしょうに、なんて思ってしまうこともあります。要するに「私はこんなに一生懸命頑張っているのに周りがひどく私を苦しめる」 ということを力説されるわけです。そして何を頑張っているかというと「一生懸命考えて、真面目に悩んでいる」という頭の中のことなのです。そこでいつも私が口を挟むのです。「考えているよりも動いたら」
  その先は、異口同音に「でも」「今はまだ」「もう少し考えてから」「よく考えて失敗しないようになったら」「大丈夫ですか」残念ながら動くことに躊躇するのです。
  何を言っているのでしょう。考えたり、思ったり、夢を描いたり、悩んだり、苦しんだり、と頭の中で色々めぐらすことは誰にでもできます。夜中に寝ながらでもできます。話すことだって、小さな子供にだってできます。

 成功するかどうか、上手くいくかどうか、これは実に簡単なことなのです。「フットワークがよくパッと動く」だけのことなのです。成功している人は考えているだけで成功はしません。動いて失敗して、また動いて、失敗しての連続で、あまたの失敗を繰り返しながら、その中で成功を掴んだだけなのです。

 私は動いている限り、願い望みは絶対に叶うと信じております。

 以前に来られた六十五歳の女性は、息子の四億円の借金を返す為に、十一年間、朝昼晩とずっと働いてきたら、あと残り少ない金額になった、と仰っていました。先日六十二歳の女性は、夫のこしらえた一億円の借金を返すために、やはり昼夜働き通しで、月一回の温泉が楽しみ、と仰っていました。また、三十八歳の男性も自分の負債を返すために、夜中のアルバイトを半年間したら、どうにかなって、逆に不可能と思った返済が可能となったので、やれた自分に自信がついたと言っていました。私の出会った、日夜、頑張り続けている人達は、みな年月はかかつても自分の手で大きなものを獲得しています。年齢は関係ありません。八十歳になっても現役を続けている方々。最近は、七十歳過ぎでも現役バリバリは男女共に珍しくなくなりました。
  アヒルは失敗しません。じっとして頭と口だけ動かしているだけですから。でも進歩もしません。ところが「にいた」というオス猫は鳥を捕る名人ですが、しょっちゅう失敗しています。でも働き者ですよ。


鈴木紫苑の鑑定だより第一回(会報誌さつき創刊号より)
     
『占師の心』

 鑑定に来られる人の大半が、「悩みがありすぎてどうにもならない」と落ち込みながら来られます。でもよくよく聞くと、頭の中がごちゃごちゃしているだけのことが多いので、悩みを系統だって整理するだけでほとんどの人がスッキリとした顔になります。
 要するに、悩みの原因は「悩んでいる」と思っている「心自体」ではないでしょうか。
 ただし、好きだ、嫌いだとかいう男女の中だけは、どうにもならない場合が多いのは仕方がなくても、開いている占師の私はヤレヤレです。写真を見せられても、実物を連れて来られても、「蓼食う虫も好き好き」としかどうしても思えなくて、申し訳ありません。

 占師は誰よりも幸せで満ち足りていなければならない・・・。鑑定は、来られた人に明るさと希望を与えなければならないのです。口先だけでは中途半端でどうにもならないのです。
 「がんばって、がんばって」と言っている占師自身が弱弱しくてどうしますか。悩みをいっぱい抱え込んだ「不幸Jな占師に鑑定してもらう気になりますか。とは言うものの、占師自身の落ち込んだ状態、「飼いネコが病気になった」「身内が不幸に見舞われた」「探し物が見つからない」「人と争った」等々、小さい悩みはともかく、胸がふさがれるような状態では「人の悩み」よりまず「自分の悩み」となってしまうでしょう。
 それでも歯を食いしばりながら鑑定し続けなければならない時の辛さ、本当に胸が張り裂けそうになります。
 心の弱い私は、心の安定を強く強く願い、絶対に悩みたくない、不幸になりたくない、と常に声を大にして叫び続けております。まわりは皆、異口同音に「誰だって同じ事を思っている」とあきれていますが、私はあえて口に出して言い続けます。
 「世界で一番幸せになりたい」私は世界一幸せになってこそ、初めて大勢の悩んでいる人達に心の底から声をかけられる占師になれると信じております。だから占師は世界一幸せになる権利があると思っております。


 
こわいほどよく当たるけれど、とてもむずかしい「占い」と、四柱推命をこんな風に思っている人が多いのではありませんか?

そして占いの王者のひとつと思っている人も多いはずです。

確かにむずかしいし、占断も鋭いものです。でも何年も何年も何年も何年も学んでも、なかなか手が届かない、ということは絶対にありません。

四柱推命の世界は とてもロマンに満ちています。

もちろん、古代中国の知恵がぎっしりつまっています。つまり、東洋思想の源である、陰陽五行説の世界そのものなのです。

四柱推命を考える時は、必ず大きな大きな自然の中でのパノラマ図を描いてみてください。そこには山あり川あり、田園あり、大雨あり等々、古代中国の豊かな自然そのものがあります。

そこに自分を「ポン」と置いてみることからすべてが始まります。
 
 
「自分は何のために生まれてきたのか」「どうして私だけがこんな目にあうのか」
「いつまでこの幸せが続くのか」等々、人の数だけ人生があると同時に悩みもあるでしょう。

人は生まれた時から死ぬまでの一瞬一瞬にすべて意味を持つ、
という思想が一環して流れている占い、これが算命学です。

そして誰でも皆、社会の中で役割をになって生まれてきた、ということが大前提となります。

当然、家族、友人、知人等 自分を取り巻く環境を見ながらの占断となります。
それが算命学が集団占技といわれるゆえんでもあり、又、一人だけ見ても
いまひとつ確実さを欠く理由でもあります。

まわりの人を同時に判断材料として加えることによって、一人の人間像がくっきりと
浮かび上がるのです。実に個人占技の四柱推命の鋭さに決して劣らないものとなるのです。
 
 
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